2010年10月20日水曜日

好きなシリーズ広告のボディコピーは?と聞かれたとき、キューピーでもアヲハタでもなく、ホルベインを挙げる。

掲出『芸術新潮』1月号 2003年1月1日発行/新潮社
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息子が受験に落ちた夜。

 結果は携帯電話で知らされていた。家に帰る途中で父親は息子にかける言葉を捜していた。中学受験。父親は大学を落ちたことはあっても、小学生が挫折する気持ちをうまく頭に描けなかった。運転する車のスピードが制限速度以下に落ちてきて、後ろの車が警笛を鳴らした。 車のラジオから流れてくるアナウンサーの明るいしゃべり口が苛立たしく、しかし父親は放心した気持ちでそのまま走りつづけた。

 息子は布団の中にいた。向こうを向いていて、眠っているのか起きているのかわからなかった。父親は背広を着たまま同じ布団に入った。背中が小刻みに動いていて、眠っていないことがわかった。父はしばらく息子の背中を抱き、なでさするしかなかった。

 父親はやがて自分を励ますように喋り始めた。今までの塾通いをねぎらい、息子が努力したことを誉めた。自分の子供時代より息子が十倍も勉強したことを知らせた。たいしたものだと。それは父親の素直な気持ちでもあった。

 本当のことを言えば、そして矛盾するようだが、おまえにとって、できる子供ばかりの学校へ行かないほうがいいかもしれないと思うんだ。ふつうの学校で、できる子も、できない子も、いい子も悪い子も、つまりいろんな才能の子が、いっしょくたになった学校とか社会の方が、お父さんはいいような気がするんだ、と。  喋りながら父親は、果たして自分の言っていることが本心なのか、いつわりの慰めの言葉か、わからなくなっていた。でも、そう、これは悲しいことだけど、そんなに悪いことではない、そう思い込もうとした。だから、そんなに、悲しむな。公立へ行ってがんばれ。

 本当にそうかもしれない。息子の背中がかすかにうなずいたような気がした。そして、いつのまにか眠ってしまっていた。

ホルベインの広告2003

好きなシリーズ広告のボディコピーは?
と聞かれたとき、キューピーでもアヲハタでもなく、ホルベインを挙げる。
例えば、「息子が受験に落ちた夜。」 刺さる、泣ける、リアルがある。

僕がコピーの学校へ行っていたころ、当時博報堂関西支社の岩橋孝治氏は、
講師の中で唯一、広告クリエイター、コピーライターという職業に
一切の夢や希望を付加せず、それらを完璧に否定することからその魅力を説いた。

Posted via email from sing55song's posterous